「おはようございます。朝ですよー」
自分よりずっと大きな身体を揺する。
「んー…」
けれど小さなボクの手じゃ大きく揺らすことは出来ないからか、少し呻いたくらいで起きる気配は全然ない。
こんなのはいつもの事なので、ボクは確実に起こせる魔法の呪文を唱えた。
「早く起きないと朝ご飯無くなっちゃいますよ!」
がばっ!
実はもうとっくに起きてたんじゃないかと言うくらい勢い良く起き上がったトリコさんは、その勢いに押されて転がるボクの腕を掴んで引き寄せた。
「メシっ!」
「ちょっとトリコさんっ!目が覚めたら最初はおはようでしょう?!」
目覚めの第一声に注意を促せば、漸くトリコさんはこっちを見た。
「おはよう、小松。今日のメシは何だ?」
言いつつトリコさんはボクを抱き寄せ鼻を鳴らす。
「…小松の匂いしかしねーな」
最初こそビックリしたけれど、毎朝となればボクも慣れる。
むしろ最近はなかなかの的中率を誇るから驚きだ。
「今日はお母さんが朝ごはんを作ってくれましたから」
「そーか」
朝ごはんのメニューを当てるのが楽しいのか、トリコさんは少しつまらなさそうに答えた。
「ほら、起きないと遅刻しちゃいますよ」
「ん」
短く応えると、トリコさんは伸びをしてベッドから降りた。
ボクが見上げるくらいの巨躯は引き締まっていて同じ男としてとても羨ましい。
体躯に見合って大抵のスポーツは群を抜いて上手い。
なのにたまに見せる無邪気な笑顔はキュンとするほどチャーミング、とはクラスの女子が言っていた事だけれど。
とにかく男から見ても男らしいトリコさんは、本人の意図するしないに関わらずクラスのリーダー的存在だ。
「どうした、小松。先行くぜ?」
いつの間にか着替えを終えたトリコさんは階段を降りてダイニングに向かった。
トリコさんが階段を三段か四段先に行けば、漸くトリコさんとボクは同じくらいの視線になる。
似てないね、と言われ続けてはいるが、これでもボクとトリコさんはれっきとした双子の兄弟だ。
二卵性だから似てないけれど、それでもここまで似ていない兄弟も珍しい。
「おはよう、トリコ。ちゃんと起きれたようだね。小松くんもご苦労様」
「はよー、兄貴」
トリコさんは早々に席に着いた。
「ボクがご飯よそいますよ、ココお兄ちゃん」
お兄ちゃんがトリコさんの為に給仕しようとするのを見て、とっさにしゃもじをとった。
「なんていい子なんだ、小松くん…!」
トリコさんとの違いに感極まったお兄ちゃんにぎゅっと抱き締められる。
…まぁ、この感動屋のココお兄ちゃんの言動もいつもの事。
「小松ぅー。早くメシー」
ダンダンと待ち兼ねたようにテーブルを叩くトリコさんだが、お兄ちゃんに抱き上げられていては炊飯器に手が届かない。
「お兄ちゃん、離して下さいー」
腰に回った手を叩けば、名残惜しそうに下ろしてくれた。
「ごめんね、小松くん。ボクってばまた…」
シュンとする様子が可愛らしいとすら思い、ボクは笑顔で応えた。
「良いんですよ。ボクもぎゅっとされるの好きですから」
「こっ、小松く…!」
でももう一度抱き上げられればトリコさんのお腹と背中がくっついちゃうかもしれないので、サッと伸ばされた手から逃げると、ボクはお茶碗にご飯をよそった。
お兄ちゃんの手は未だ宙を彷徨っていたけど、それくらいは勘弁して欲しい。
これが普段は女子の人気を独り占めしているクールで知的な先輩…とは到底思えないけど、ココお兄ちゃんは間違いなくボクの血を分けた兄である。
ボクの知る限り、ココお兄ちゃんは学級委員など、ずっとクラスのまとめ役だった。
ダントツの支持率で今では立派に高校の生徒会長を務めている。
「お兄ちゃん、サニーさんは?」
「あぁ、もう来るよ」
「…はよ」
抜群のタイミングでサニーさんがやってきた。
寝ぼけ眼なくせに既に服や髪のセットは完璧だ。
きっと顔だってとっくに洗い終えてるに違いないのに、眠気は払拭されていないようだった。
「おはようございます、サニーさん」
サニーさんは意外と…と言ったら失礼かもしれないけれど、時間には比較的正確だ。
ちゃんと四人で決めた約束の時間に起きてきてくれる。
「あれ?オヤジ達は…?」
「もうとっくに行っちゃいましたよ」
「始発近い電車に乗るって言ってただろう」
「そーだっけ…?」
未だ頭は目覚めていないサニーさんは、僕ら三人の可愛い弟だ。
いや、可愛いと言うより美人と言うべきか。
有名美人モデルを母に持つサニーさんの母譲りの高い鼻梁と長い睫毛は他を寄せ付けない。
マイペースなところはトリコさんとそっくり。
そしてちょっぴり意地っ張りでもある。
今朝、両親を見送ったのは長男のココお兄ちゃんと、次男であるボクだけだった。
復縁したばかりの両親はこっちが恥ずかしくなるくらいの新婚っぷりを発揮して、今朝から1ヶ月にわたる世界一周旅行に出掛けてしまったのだ。
「ココ兄貴ぃ~小松ぅ~…」
と、ぐぅぅぅぅ~と言う盛大な腹の虫と共に情けない声が響いた。
あっ、いけない。
トリコさんがこれ以上食事を目の前にして我慢出来る訳がない。
「サニー、席について」
ココお兄ちゃんが促し、ボクがご飯とお味噌汁をよそう。
僕らは四人全員席をついて手を合わせた。
「いただきます」
「松~コレ嫌い」
気付くとサニーさんが不満そうな顔でちょいちょいグリンピースをお皿の端っこに除けている。
「ダメですよ、好き嫌いしちゃ」
「…このグリンピースが美しくないだけだし」
ボソリとサニーさんが呟いた。
美しくないって…
「しょうがないなぁ」
ボクはサニーさんの除けたグリンピースを自分の皿に取る。
「トリコさん、食べます?」
「冷凍のミックスベジタブルじゃねーグリンピースなら食う」
食事の手を止めずにトリコさんが言った。
美味しいものに目が無いトリコさんの指摘は鋭い。
けれど旅行直前の少ない時間を使ってお母さんが作ってくれた朝ごはんなのだ。
暫くお母さんのご飯が食べれないと思えば、残すのはもったいない。
ボクは全てのグリンピースを自分のお皿に移し終えた。
「サニーさん、約束ですよ。はい、あーん」
手元のグリンピースを少しだけ掬ってサニーさんの口元に持っていく。
「…ん、」
躊躇しながらもサニーさんは渋々口を開いてくれたので、そのままグリンピースを食べさせてあげた。
「まずっ」
眉をしかめつつも咀嚼する。
「はい、後はボクがいただきますね」
好き嫌いは多いれど、嫌いなものでも一口は食べるって約束をちゃんと守ってくれている。
我が儘も言うけれど素直なところもあるのだ。
身体はボクより大きいけど、そんな弟のサニーさんが、ボクは可愛くて仕方がない。
「相変わらず甘いなぁ、小松くんは」
呆れたように言われるが、弟に甘いのは兄の性というやつだ。
その辺り、ココお兄ちゃんとボクは似ているような気がする。
むしろ。
「お兄ちゃん程じゃないですよ」
「違いねぇ」
トリコさんにも言われ、自覚があるだろうお兄ちゃんは反論出来ないみたいだった。
「サニー、時間は大丈夫なのか?」
トリコさんに言われて時計を見上げる。
「あ!やっべ!」
慌てて立ち上がったサニーさんは、バタバタと騒々しい音を立てて階段を掛け登っていった。
すぐに再び駈け降りてくる。
廊下まで出てそんなサニーさんを待ち構えた。
「サニーさん、お弁当です」
「サンキュー、松!」
チュッと気障に投げキッスを寄越すと、サニーさんはそのまま出ていった。
可愛いけどそんな仕草も似合ってしまうから困るんだよなぁ。
「さて、ボクもそろそろ出ないと」
ココお兄ちゃんが立ち上がる。
「一緒に行かないんですか?」
自分とサニーさんの分の食器を流し台に運ぶココお兄ちゃんを目で追って尋ねる。
「一緒に行けないのは残念だけど、ボクは可愛い新入生を迎える準備があるからね」
パチンと片目をつぶってウインクされてしまった。
もうっ、恥ずかしいなぁ。
けど、そうでした。
ココお兄ちゃんは生徒会長で、新入生を迎える立場なのだ。
サニーさんだって学校が違うけど同じ理由で朝早かったんだ。
「二人はまだ時間があるだろうからゆっくり来ると良い。トリコ、洗い物はよろしく」
「おー」
自分の分の食器を運ぶトリコさんの肩を叩いてココさんが出ていった。
1ヶ月両親がいない間の決めごとはそう多くない。
精々仲良くやることと、食事を皆でとることくらいだ。
しかし家事の分担だけは済ませてある。
お兄ちゃんとボクがご飯を作る係、トリコさんとサニーさんが片付ける係。
そしてお兄ちゃんとトリコさんがお風呂やトイレの掃除、ボクとサニーさんが洗濯係なのだ。
ちなみにリビングは皆で持ち回りで掃除をすることになっている。
家事は二人が責任を持ってやる。
片方が出来ない時はもう1人がやらなきゃいけないって事だ。
「小松~早く食っちまわねーと全部洗い終えちまうぜ?」
両手を泡だらけにしたトリコさんに言われて、ボクは慌ててご飯を掻き込んだ。
「手伝います!」
自分の食器を下げて、テーブルを拭いた後はトリコさんが洗い終えた食器を拭く。
「お前は作る係なんだから休んでろって」
「でも今朝はお母さんが作ってくれましたから」
「そうか」
トリコさんはそれ以上言わず、僕らはのんびりと後片付けを終えた。
「さて。そろそろ行くか」
「そうですね」
トリコさんとボクは一緒に家を出た。
今日から高校一年生。
新生活が始まる。
* * *
学パロなら、兄弟エンドだけじゃなく、近所のお兄ちゃん鉄平エンドや他校の先輩スタージュンエンド、人の良いヤクザマッチエンド、まさかの小学生滝丸エンドや父の同僚茂松エンドもやり放題だよなぁ・・・
そう思うと更に迷うので続きが書けません。