バンッ!
バタン!
「こここここ小松くんっ!?」
部屋のドアを乱暴に開けて女性と共に滑り込む。
電話で言われた一言を思い出す。
小松のこんな姿を見せられて、びっくりしない、なんて事は無理だ。
いや、確かに可愛いけれどっ!
この可愛さはココには予想外だった。
「なにも女装なんてしなくてもっ!!」
・・・ハッ!?
まさかこれは小松は実は女でした、みたいな!?
恋人になったから言うしかないけど、世を偽って男として料理人の世界を生きてきた、とか!?
「すみません、ココさん。女装なんてびっくりしましたよね」
あ、違った。
そうだよな、男だよな。うんうん。
・・・チッ。
一瞬の内に小松くんと晴れて結ばれて結婚、夫婦になって懐妊、子ども達と可愛いペットと暖かい家庭を築くというところまでした僕の期待を返せ!
内心舌打ちをしそうになったが、小松がしゅんと肩を落としている姿を見て慌てる。
「いいいいやっ!小松くんならどんな格好でもボクはっ!」
そう、例え小松に女装癖があろうともっ!
「あはは・・・無理しないでください。さっきからどもりっ放しですよ」
「え、あ、いや、これは・・・」
小松が予想外な姿で現れてココも戸惑ってはいるけれど、それは決して女装が似合ってないと言う訳ではない。
「え、と。予想外に似合っているというか・・・」
小松の電磁波を探していた為ではあるが、初めにぶつかって見下ろしていた時にはぶつかった人を男と疑う事もなかった。
小松と分からなかった不甲斐なさはこの際棚に上げておく。
ココは一歩引いて、改めてゆっくりと小松を上から下まで眺めた。
世間一般にはどうか分からないけれど、上から見下ろしていれば、太い眉毛は鬘で隠れているし、大きな目はいつも通りキラキラしている。
もともと女性でも多い身長や体格だから、寒い時期で着込んでいれば、男特有の胸のなさや腰周りの太さは気にならない。
というか、足首まで隠れるロングワンピースでいやにフリルやレースがビラビラしているものだから、そちらに目がいってしまい、首周りののど仏からがに股までカバーしていると言っていい。
もともと頬なんかはぷにぷにしていて髭もない・・・いや、目立たないだけと言っておこう・・・本人のプライドの為に―――から、パッと見には普通に可愛らしく見える。
「女性職員が悪乗りしちゃって・・・」
「大丈夫。寸胴もカバーされているし、その潰れた鼻もいつもと変わらず可愛いよ」
「ぐっ・・・」
そう、あくまでココの基準だけれども。
「わ、分かってますよ!体格だの体型だのは服装でカバーできても、もともとの顔の不味さは変わらないってくらい!」
「え?いや、そんなこと・・・」
本当の本当に可愛いんだけどなぁ・・・
どうやらココの言葉は信用できないらしい。
「とにかく女性に見えさえすれば、美醜とかはどーでも良いんです」
と、小松は言いきった。
可愛いはお世辞か毒舌の一つかと思われても、一応似合っている、と言った部分は受け取ってもらえたようだ。
「それより小松くん、どうしてそんな格好で?」
まさかトリコ、こんな小松くんの可愛らしい姿を毎回見ているんじゃないだろうな!?
恋人のボクに黙ってグルメタウンに連れ出したりしているくらいだ!
そうだ、今度からはちゃんと小松くんを連れ出す時はホテルじゃなくボクの許可を取ってからにしてもらわないと!
すっかり彼氏面をするココの顔は次第に厳しいものになってしまう。
そんな様子に小松は慌てた。
「あっ!誤解しないで下さいね!別に変な趣味とかそういうんじゃないですから!・・・ていうかココさんがホテルの部屋を取ってるなら、そこを借りれば良かった・・・!」
・・・はっ!
そう言えば思わず連れ込んでしまったけれど、小松くんにボクが部屋を取ってることがバレてしまった。
ディナーの後に軽くバーで飲んで、ほろ酔いでいい感じになった小松くんを連れ帰ってボクが戴いちゃおうという作戦が・・・!!
急いで用意していた言い訳をする。
本当はこんな時に言う台詞ではなかった筈なのだが・・・・
「えぇと、やっぱりグルメフォーチュンは遠いからね。夜からの約束だと、どこかに泊まらないと・・・」
「すみません、気づかなくて!でしたら今度はボクの家に招待しますね!」
その瞬間、ココは壁に自分の頭をガツン!とぶつけた。
あああああ!
ボクの馬鹿!
ホテルさえ取ってなければ今日、小松くんの私物たっぷりの小松くんの生活臭に溢れる家にお泊り出来たのにっ!!!
―――ココさぁん・・・すっかり遅くなっちゃいましたけど、大丈夫ですかぁ?
ほろ酔いの小松が尋ねてくる。
―――ん?大丈夫。明日も仕事はお休みだからね。
―――じゃあ、もう少し遅くなっても平気・・・?
―――勿論。おニューの下着、見せてくれるんでしょう?
そっと伸ばした手を捕えられる。
―――それは、ボクの部屋に戻ってから、ですっ。
言い聞かせるようにキュッと握られた手が小松の口元に持っていかれ、悪戯なその指を戒めるようにかぷりと噛みついたが、その仕草や訴えかける目線は全くの逆効果だ。
―――帰ったら、覚悟しておいてね?
煽られて今すぐその場で襲いかかりたいのを必死に自制するココだった。
っっっっっなんて展開になっていたかもしれないのにっ!!!
「ってココさん!?大丈夫ですか!?」
「うん・・・うん、大丈夫・・・少し不甲斐ない自分に活を入れていただけだから・・・」
壁にもたれかかりながらも、何とか答える。
「そんな!気付かなくて申し訳ないのはボクの方なのに・・・あれ?ところでこの部屋、ツインなんですか?」
ひょい、と小松が奥を覗く。
エグゼクティブかデラックスルームなのだろうか?
あっという間に連れて来られた小松には、ココが何階の部屋に入ったのかすら覚えてないが、スイートには部屋数が少ない気がするが、家具の配置やゆとりを考えるとスタンダードやスーペリアの配置ではないだろう。
あくまで小松の職場の環境を鑑みての話であはあるが。
「あぁ、うん。そこしか空いてなくて・・・」
嘘だ。
イタした後の汚れたシーツで小松を寝かせるのは可哀想だから、と最初から睡眠用と分けるつもりでベッドが二つ必要だった。
勿論、がっつき過ぎて朝まで片方のベッドが使われないままという可能性もあるのだが、小松の体力が続かない事も考慮したツインだったなどと言える筈がない。
小松が来てくれるだろうか、と期待と不安が入り混じった少し弱気な部屋選択である。
小松が確実にココと泊まるのなら、ココは迷いなく一番良いクラスの部屋を押さえただろう。
「そうだ。何なら小松くんも泊まってく?」
少し予定は狂ったが、遅くなってもレストランのすぐ下に部屋があれば何の問題もない。
そう!お持ち帰りするのに問題などある筈がない!
「いえ、ディナーの予約は六時ですし、ゆっくり食べても終電に遅れる事はないと思いますから、大丈夫ですよ」
・・・いや、問題があった。
主に小松の気持ちの方に。
ガクリと項垂れる。
やはりホテルまでしっかり確保していると言う準備万端な姿勢に警戒心を抱かせてしまったのだろうか?
「僕達は恋人同士なのに・・・」
うっかり恨めしい言葉が出てしまった。
「あっ・・・!」
ココの言葉にかぁっと小松は頬を染めた。
「あの、ココさんも楽しみにしてたんですか?」
そっと下から見上げて尋ねてくる様子が、ココの妄想と重なる。
「うん、勿論」
なんせ初デートなのだ!
さぁ、僕の手はいつでも小松くんに握られるのを待っているよ!!
わきわきと小松に握られる予定の手が期待に蠢く。
「良かった!ボクが無理やり誘っちゃったから付き合ってくれただけかと思っていました!」
がしっ!
期待通りにココの手は小松の両手で握られた。
ただまぁ、想像していたようなそっと握るようなものではなく、しっかり握りこむように、ではあったけれども。
きゅぅぅんっ!
ココの胸が高鳴る。
力強く握られた手は、小松の両手によって顔の前持って行かれた。
そのままあぐりと小松の口が開いて・・・・
「酷いですよね!有名シェフの特別ディナーなのに、バレンタインの時期だからカップル限定だなんてっ!」
と、言いきった。
「もうっ!職場の同僚の女の子は変な噂が立つと申し訳ないから流石に二人っきりで誘えないし、かといって母親と行こうものならカップルじゃないなんて即行でバレちゃいますし・・・」
「・・・・え・・・」
「ボクに姉妹や歳の近い従姉妹が居れば良いんですけど、ロリコンと間違えられそうなくらい歳が離れているからなぁ・・・」
「はい?」
「もうそうして悩んでたら、職場の女の子達が女装して男友達と行けば良い!なんて言って悪乗りされてしまいまして・・・・」
「・・・男、とも、だ・・ち?」
「あっ!ココさんに対して失礼ですよねっ!で、でもトリコさんとはコンビを組んだばっかりだから一緒に居たらボクだってバレちゃうかもしれないですし!サニーさんなんて料理に気を取られてウッカリボクの名前を呼んだりしちゃいそうですし!」
「それで、ボク・・・?」
あれ?
今の流れって、消去法・・・?
「その、ココさんだったらちゃんと事情を説明すればウッカリボクの事をバラす事もないと思いましたし・・・グルメフォーチュンって遠いから、ボクと顔見知りだなんてそうバレないかな、なんて・・・」
それに、多分ココさんには彼女いないんじゃないかなーなどと失礼な事を言って詫びてくる。
「そう・・・・」
つまりは小松が付き合って欲しかったのは、ココではなくカップル限定のディナーで。
だからこそ、その為に仕方なく女装しての”デート”な訳で。
それはココじゃないと駄目なんじゃなく、手近に居ないが故の消去法による最終手段で。
「あのう・・・ココさん?」
「そう・・・・」
床にへたり込んでしまったココに、小松はおろおろと手を出しあぐねているようだ。
「え、えと。ボクの説明が足りなかったんですかね?一応女装意外の事は事前の電話で伝えてあったと思うんですけど・・・」
「そう・・・・」
つまり、ココが小松の”付き合って”や”デート”の言葉に浮かれ過ぎていて、会話の前後を殆ど覚えてないのが原因らしい、と気づく。
「その・・・ごめんなさい?」
疑問形なのは何でココがこんなに現在進行形でショッキングな気持ちを味わっているのか、小松にはさっぱり分からないからだろう。
ただ、自分の言葉の一部がそうさせたらしい、との自覚はあるようだ。
「そう・・・」
「やっぱり、こんな格好、やり過ぎでした・・・よね?」
おそらくは唯一心当たりのある事なのだろう。
「そう・・・でもないよ・・・」
「・・・待ち合わせ場所が悪かったですかね?」
女性に囲まれた事を言っているのか。
「いや・・・」
街中がいけなかったか、と言うが、小松は十分配慮してくれた。
ロビーでの待ち合わせを破って外に出たのはココの判断だ。
「じゃあ、ボクのような男を女の子のようにエスコートするのが嫌、とか・・・?」
・・・ん?
小松くんをエスコート・・・?
小松の言葉にココはハタと気づく。
そうだ。
今日の小松は女の子で、しかもココの彼女である。
いつもココを取り巻く女性をエスコートするのは嫌だが、小松は別だ。
ココの思惑とは全然違ったが、しかもフリではあるが、今日だけは大手を振って小松の彼氏らしく振舞っても良い日なのだ!
カッと目を見開いたココは、がばりと立ち上がった。
「全然!嫌な訳ないじゃないか!」
そう言って自分から小松の手を取った。
オイル切れのスイッチの切れたロボット状態から、シャキーンと一気に覚醒したココに小松は目を白黒させている。
しかし小松は深くは考えず、ココが元気になったのなら良かった、とそれで流してしまった。
「さぁ、そろそろ予約の時間じゃない?」
「あ、そうですね」
そのまま部屋を出て行こうとした小松の前に手を付いて通せんぼをした。
「ココさん?」
見上げる小松は、栗色の鬘こそ被ってはいるが、小松らしさを失っている訳じゃない。
何より電磁波が小松である事をアピールしている。
振り返った小松に、そっと顔を近づける。
「・・・ダメだよ?」
「っ・・・!」
急に近づいた端正な顔に、びくっと小松は身体を強張らせた。
「一人で行っちゃ、駄目だよ。今日の小松くんはボクの彼女、だろ?それらしく振舞わなきゃ」
耳元で囁けば、小松はより一層身体を震わせた。
怖がらせる意図はないので、早々に身体を離し、小松の半歩前に出る。
「ほら、小松くん」
左肘を少し立てる。
「え・・・と・・・」
理解した小松が遠慮がちにそっとその肘に手を回した。
「でもココさん、まだ部屋の中ですよ?」
「良いじゃない。小松くんがオンオフ切り換えられる器用な性格だとは微塵も思わないし、だったらいっそ、最初から最後まで彼氏彼女を貫き通そうよ」
そう、例え今日だけだとしても、小松にとっておそらく初めての彼氏になれるのだから!
・・・妄想で生きてきたココは一瞬でも現実を叶えられると思えば、随分とポジティブだった。
「うぐっ・・・ココさん、絶好調ですね・・・」
「まぁね。ほら、そんなに離れてないで、もっとボクに寄りかかって。カップルに見えなかったら追い返されちゃうかもよ?」
「えっ!?そ、それは困りますっ!」
女装までしたのに、限定ディナーを食べられないだなんてとんでもない!
慌ててココの腕に縋りつく。
実際怪しかったとしても、仮にも男女一組でやってきたのなら、余程じゃない限り入店を断られるなんてないだろう。
しかしココの言葉を疑わず、小松は必死に小松なりの女の子を演じた。
身長差がある為か、服装のチョイスのせいか。
その姿はココをロリコンに見せるには十分だった・・・・
後日。
街中でカップルを演じたココの姿がスクープされ、ココの守備範囲が年下だと勘違いした若い女性が急増。
自分の娘を使ってココに接近しようとする年上のおば様も急増。
幼女からおばさんまで、女なら誰でも良いのか!とやっかむ男もそれに比例して急増。
ココはしばらく占いの店を休むハメになったが、それでもココは幸せだった。
オチなくてぶった切った感が否めない・・・反省。