今日のココさんのピアスは、今まで見たことのないものだった。
白いピアス。
スノークォーツだろうか?それともムーンストーン?
見上げているだけじゃちょっと分からない。
もちろん、奇抜だとかそういった意味じゃない。
むしろごく一般的な色合いのものだ。
ココさんが色んな色のピアスを持っているのを、僕は知っている。
ならどうしてこうも疑問なのかと言うと。
ただ、僕の前で付けたことのない色のピアスをつけていた、というだけ。
これは白いスーツに合わせて、なのかな?
それとも何か意味があるんだろうか・・・?
実は最近のココさんのピアスの色には、ちょっとした法則性がある。
それは、ココさんと僕がそういった意味で仲良くなってからの事なんだけれど。
例えば緑。
これは”ハントに行こう”もしくは”ハント中”という意味。
最高の食材を求めてハントに出る場では、たとえ二人っきりであってもそちらの関係を持ち出さない。
少しの油断が命取りな危険区域という事もあるが、神聖な食の探究者である美食屋と料理人としての立場を大切にしたい、という事もある。
なので、ハント中の僕らは、よほどの事がない限り、基本的には友人同士だ。
例えばピンク。
これはもっとも使用頻度が高いんじゃないかと思う。
ココさんから僕への”好きだよ”のサイン。
うわああああ・・・
改めて考えると、思わず頭を抱えてしゃがみこみたくなる程恥ずかしいっ!
いや・・・けど、多分それは間違いじゃない。
出会った時がこの色だったから、僕のラッキーカラーなんだ、と以前に言っていたし・・・それに・・・
いや、これ以上思い出しても恥ずかしいだけだからもうピンクのピアスの話はやめよう。
チラリとココさんを見ると、ニコリと笑みを返された。
あうぅ・・・・照れる・・・
咄嗟に目を反らし、赤くなっているかもしれない頬をパタパタと手で仰ぐ。
ココさんの笑顔って時々すっごく心臓に悪いんだよな・・・・
「小松くん」
「ひぁいっ!!」
不意に後ろから耳元で囁かれて、びくんっと体が震えた。
思わず硬直する体にそっとココさんの手が触れる。
宥めるように撫でるそのゆるりとした仕草がなんだかやらしい気がするのは僕の気のせいだろうか・・・?
クスクスと喉の奥で笑い声をかみ殺し、ココさんは言った。
「パーティが終わったら、今夜は赤いピアスに付け替えて良いかな?」
・・・・・気のせいじゃなかった。
「は・・・はいぃぃぃ~・・・・・」
体が熱をもってしまい、真っ直ぐ立っていられない。
ぐらぐら、ふらふらしながらも僕はココさんの言う事を正しく理解し、返事した。
赤いピアスの意味。
それは------
「うわあああああーーー!」
今度こそ僕は頭をかかえてしゃがみ込んだ。
「ぉわっ!?・・・松?何してんだし?」
いきなりの大声に、たまたま近くにいたらしいサニーさんがびっくりして僕を見下ろす。
「なんだ、小松。お前もう酔ってんのかよ?」
ジョッキならぬピッチャーを片手にトリコさんがビールを煽った。
そのうちピッチャーでも足りなくなって、ビール樽でも抱えて飲んでそうだ。
「小松くん、酔ったならこれでも飲むかい?」
ココさんが屈んで手に持っていたグラスを差し出してくれた。
「へぇ。珍し」
ココが飲みかけのジュースを渡すなんて、とサニーさんは軽く目を見開いた。
普通でだってよほど気の置けない仲でない限りそんな事はしない。
あまつ、ココさんはもともと他人との接触を極力避ける傾向もあるし。
それにパーティ会場では、一言声をかければ新しいドリンクなどいくらでも出てくるのだ。
今更そんな手間を面倒くさがるココさんとも思えない。
「まぁ、ココが面倒みるんなら大丈夫だろ」
サラリと言ってサニーさんは去って行った。
僕の目の前にはオレンジジュース。
「あ・・・う、その・・・」
酔ったから赤いんじゃないって、ココさん気づいてるはずなのに・・・
「ん?」
けど心配するような、そこに少しの悪戯心が混じったような、それこそ愛しいものに向ける視線を感じてしまい、僕はますます居た堪れなくなってしまった。
「い、いただきますっ!」
照れ隠しに奪い取るようにジュースをもらうと、一気にそれを飲み干した。
甘い、100%のオレンジの果汁が喉を通りぬける。
「・・・ぷぅっ」
「おー。良い飲みっぷり!酒ならな」
がしがしと僕の髪の毛を掻きまわし、トリコさんは新たな料理を取りに行った。
ココさんだけはずっと僕の傍にいてくれて。
「大丈夫かい、小松くん?」
空になったコップをわざわざ受取ってくれた。
「あ、はい。すみません・・・」
取り乱していたのも少しは落ち着いて、僕はココさんを見た。
「ふふっ。全部飲んだね」
あ、あれ・・・?
何だか悪い笑顔・・・
「実はあれ、ボクの毒入りv」
「ぶっ!」
飲んでる途中なら僕は噴き出してたかもしれない。
「なっ!何入れたんですかっ!」
思わず突っ込んだ。
ココさんの事だから僕が死ぬことはないだろうとは思うけど、それにしたって性質が悪い。
「さて、何だろうね?」
にっこりと笑顔で交わし、ココさんは立ち上がった。
「ええっ!?教えて下さいよぉ~!」
慌ててココさんに追いすがる。
置いて行かれないよう、ココさんの上着を掴んだ。
ココさんは上機嫌。
本当に僕、何飲んじゃったの!?
「気になるじゃないですかぁ~!」
「気にして良いよ?」
「いやいや!気になりすぎて夜も眠れなくなっちゃいますよ!」
「寝かすつもりもないしね。丁度良いんじゃないかな?」
「うぁっ・・・」
思わず上着を掴む手を放してしまった。
不意打ちは本当、困るんですけどっ!
「どうしたの、小松君」
ううう・・・分かってる癖に聞いてくるココさんは大変意地悪だと思います・・・・
目線だけで訴えてみる。
「そんな可愛い顔してもダメ。寝かせてあげないよ?」
再び僕と目線の高さを合わせてウインク。
乾杯の時以外お酒は飲んでないはずなのに、のぼせてしまいそうだ。
どう考えても可愛い顔なんてしてないと思うんだけど・・・
さっきからココさんの笑顔はいつもの人当りの良い優しげな笑顔ではない。
いや、基本はそうなんだけど、どこか男くさいというか、雄の匂いのする格好良い笑顔というか・・・
とにかくターバンをしてないからいつもと雰囲気が違うんだという一言では説明しきれないんだ。
もうずっと前から僕はこの笑顔にやられっぱなしだ。
いっそ諦めて全面降伏しちゃえば楽になれるのかもしれない。
「・・・分かりました。でも、僕が飲んだのだけ、何だったのか教えてください」
それでも悔しくて、一つくらいは知っておきたくなったので聞いてみる。
またはぐらかされちゃうかな、と思ったけど、ココさんはさらりと答えてくれた。
「ただのオレンジジュースだよ?」
「え、本当ですか?じゃあ毒じゃないじゃないですか」
「小松君が僕に夢中になるスパイスが入っているけどね」
「ええっ!?そんなぁっ!これ以上夢中になっちゃったら僕、どうなっちゃうんですかぁ!?」
きょとん、と一瞬目を見開いたココさんが、次には花が綻んだように笑った。
う、わぁ・・・・
思わず絶句。
言葉を忘れるくらい見惚れてしまった。
僕の周りにいた人までが思わず息を飲んでいる。
これは女性が惚れる訳だ。
・・・と、僕はこの時そんな風に冷静になれなかったのだけれど。
「小松君はボクを喜ばせる天才だね!」
ココさんが感極まったように僕を抱き上げた。
いや、ていうか衆人の目に晒されるのがかなり・・・って皆ココさんの笑顔にやられちゃってまだ復活しきれてないか。
でも成人男性がこういう抱き上げられ方をされるのってどうなんだろう・・・
明らかに子供を抱っこするように片手で抱き上げてますよね・・・
体格差ってこういう時に少し悲しい・・・
もう少し僕が大きければ、大人と子供のような体勢にならずに済んだんだろうか?
「ん?」
微妙な顔をした僕に気付いたのか、もの問いたげにココさんが見上げてくる。
「お姫様だっこの方が良かったかな?」
うわわわわっ!特にこうして欲しいなんてなかったけど、そんな事をしたら今以上に視線を集めるのは明白だ。
「いえ!今のままで十分です!」
僕は慌てて告げた。
「そう?」
クスクスと笑うココさんに、本気でない事を感じて僕は体の強張りを解いた。
いや、ただココさんの笑顔を見て幸せになっただけかもしれない。
ココさんが笑ってくれるなら、僕は多少恥ずかしいのだって平気だ・・・うん、多分・・・
僕を抱き上げながら移動していくココさんは、人の目はあんまり気にならないみたい・・・
いつもより高い目線に、逆に周囲が見えすぎて困ってしまう。
好奇の目に曝される事に慣れていない僕は、出来る限り視界をシャットダウンする為に俯いた。
視線の先は、もちろんココさん。
いや、ココさんの・・・
ビクッ!
「わぁっ!」
僕を支えていてくれた体が揺れ、思わずココさんの頭に両腕でしがみ付く。
「す、すみません!!」
当然謝るのも僕からだった。
知らず知らずの内に僕はココさんの耳につけられていたピアスに手を伸ばしていたのだから。
ココさんは僕が頭を抱えているから、顔を上げれない。
「いや、ボクこそびっくりしちゃってごめんね」
謝る必要もないのに、ココさんも謝ってくれる。
僕はそっとココさんにしがみついていた腕を外した。
「そんなに気になる?」
ココさんは自分の耳に・・・いや、正確にピアスに触れた。
「その、白いピアスは初めて見ましたから・・・スーツが白いからですか?」
「ううん、小松くんが可愛いからだよ」
「・・・えっと・・・それ、答えになってないんですけど・・・」
切り返しに困る返答は止めてほしい・・・
「そうかな?小松くんが可愛くて可愛くて、プロポーズしたいくらい好きだから」
かぁっ・・・と頬が赤くなってしまう。
いや、最初から既に赤くなってるだろうから、これ以上赤くなることなんてあるんだろうか?
けれど確実に体温はさっきから上昇し通しだ。
「・・・って言ったら信じてくれる?」
「なっ・・・嘘ですか!」
「割と本気」
「うっ・・・」
だから切り返しに困るんですってば!
「え・・・・っと・・・」
「ん?」
「何割くらい、本気ですか?」
言葉が詰まってる時に無理やり会話をつづけようとするもんじゃない。
「八割から十割くらい?」
「高ぁっ!」
「だから小松くん。応えてくれる時は、君も白いピアスをあけてね」
ボク色に染めてあげる、なんて囁くココさんに、もうとっくに貴方色に染まってます、なんて言い返せないボクだった。
終わり