吸血鬼に襲われていたのは、小さな少年だった。
人の良さそうな顔をしており、野盗の類には見えないので村人である可能性は高いだろう。
しかし村の夜は早い。
あのような時間に何故一人で森の中に居たのか。
ごく軽装の若者に疑問を感じるも、その疑問を解く前にしなくてはならない事がある。
ココは名も知らぬ少年を抱き上げ、教会へと連れ帰った。
発展途上なのか、まだまだ小作りな身体であったので、意識がなくとも運ぶのは容易だった。
礼拝堂を抜け、奥にある住居スペースに入る。
ココは自分が寝る予定だった洗い立てのシーツを敷いたベッドに、連れ帰った少年を寝かせた。
しばらくしても目覚める気配はない。
首筋の応急手当を行い、気休めと理解しながらも、ココは濡れたタオルを額にのせた。
そしておもむろに助けた少年の手足をベッドの足へとロープで縛り付ける。
大の字になるように縛ったロープには、ほとんど遊びの部分はなく、むしろ身動きが取れないように、解けないように結び目も硬く縛られた。
唯一の良心とも言えるのは、ロープが巻き付く手首と足首に薄い布をかませているところだろうか。
だが当然ながらこれでは寝返りも打てない。
ココはそこまで行ってようやく満足し、椅子に腰掛けた。
ベッドは明け渡してしまったし、他のシーツはまだ洗濯していないので、今日のココの寝どこはそこに決まった。
以前の司祭がかなり老齢だった為か、リクライニングで背もたれが倒れ、柔らかなクッションを敷き詰めた座り心地の良いものが用意されていた。
寝るのにも支障あるまい。
いつ、何が起きても良いように、体はベッドの方へ向けておき、テーブルの上には聖水を準備しておく。
心もとないが、純銀製の果物ナイフも傍に置いた。
しっかりと突き立った牙、手当した時に見た相当深い傷となっていた首筋の二つの穴。
助けたいが、助けられないかもしれない。
「司祭としての初仕事が人殺しだなんて、勘弁願いたいところだけどね・・・」
ココは一人ごちた。
吸血には三段階ある。
一般的にそれは吸血の量だと言われている。
すぐに助けられれば、ただの貧血で済むこともある。
場合により高熱や悪夢にうなされる事もあるらしいが、人間として生きていられる初期段階だ。
逆に完全に血を吸われれば、それは即ち、死。
干からび、無残な状態で発見される犠牲者。
だが、それもある意味その場で死を迎えられたものは幸せと言えるかもしれない。
天災にでもあったと思い諦める事も可能だからだ。
最後に眷属となる場合。
人として生きるに足る血液がない場合、生きるために変貌を遂げる事がある。
また、吸血鬼自身に望まれる場合もそうなる可能性は高い。
吸血行為の間に魔物の成分が身体に入り込み変異する。
その時犠牲者は人である事を棄て、吸血鬼として生まれ変わるのだ。
ただしこれには二通りあり、恐怖のあまりか、理性を失い本能のみで生きる怪物となる場合と、知性を残したまま人間と同じ言動をする吸血鬼とに別れる。
こちらはまだ仕組みは分かっていない。
吸血の量や時間にもよらないらしい。
ただの運かもしれないという話もある。
ただし、いくら知性を残していたとしても、吸血鬼としての吸血本能には誰しもあらがえない。
それは種族としての本能とも言えよう。
理性あるまま吸血鬼になった場合は精神に異常をきたしたり、家族を手に掛けたり、たいていの場合は悲惨な結果になる。
彼らを救う方法はないと言われている。
さて。
ココが助けた男は気を失ってはいるものの、まだ死んではいない。
吸血鬼は俗に美醜に煩いと言うから、ココが助けなければもしかしたら今日が命日だったかもしれない。
ココの目をもってしても、まだ彼がなりかけか死にかけか、はたまたただの貧血かは分からなかった。
「う・・・う、ん・・・・・」
真夜中、人の声にココは目を覚ました。
声はかけず、ソファーに座ったままジッとベッドの上の人物を見つめる。
「ガァッ!!」
ビクン!
縛ったロープが軋み手足に食い込む程に胸が反らされる。
「始まったか!?」
勢い良くソファーから立ちあがる。
その時には既にナイフを手に持っているのは、もう本能のようなものだ。
「ぐっ・・・ゥっ・・・はっ・・・」
電磁波の揺らぎ。
ココはナイフを片手にベッドに近づいた。
襲われた記憶に、熱に浮かされているだけなら良い。
だが眷属となった場合は、殺さねばならない。
例え村人だったとしても・・・いや、村人だからこそ、他の住人を守るために。
新たな惨劇を防ぐ為に。
皮肉なものだ。
助けたいと思った人物を、自らの手で殺そうとしている。
村に来て神父としての初仕事がこれでは、ハンターであるのと何も変わらない。
いや。
殺生は神父としてはご法度だ。
だが、それは”人”を殺すのを禁とするのであり、”人”でなければ・・・人を救う為なら・・・
”なりかけ”は殺さない。
それは、まだ人間だから。
しかし”なりたて”ならば・・・?
「う・・・あ・・」
冷たい目で見下ろしたココは、そっと左手を伸ばした。
思いきらねばならない事は知っている。
その時期を見誤るつもりはない。
少年に伸ばした左手にナイフはない。
暴れた時に額から落ちたタオルを手に取り、額や首筋に浮いた汗を拭う。
タオルを水に浸し、硬く絞った後、もう一度額に乗せた。
「キミが人である内は・・・・ね」
「はっ・・・ふ・・・・」
ヒヤリとした感触にか、魘されるのも少しは収まったような気がする。
触れた身体は熱く、手足は冷たい。
それは縛られているからだろうか、それとも・・・
例えきつく縛りあげ過ぎたとしても、ココにそれを緩める気はない。
確証を得るまでは。
つづく。
まだちゃんと小松がしゃべんないよ・・・