あれ以降、概ねココと小松は問題なく村で過ごしている。
最初こそ第二の助祭になろうとココの元へと村娘達が押し掛けてきたが、ココは頑として首を縦に振らなかった。
まぁ当然ではある。
自分の事は何でもこなすココに本来助祭は必要ない。
小松を傍に置いて監視する為の肩書きに過ぎないのだ。
小松も随分とズルいと言われたが、小松を気に入っているらしいココの気分を害したくはないのか、次第にあまり言われなくなった。
ちんくしゃな男では万一の間違いもないだろうから、他の村娘に出し抜かれるよりは小松で良いという理由からかもしれない。
だがそう思って引いた女性が今の自分を見たらきっと怒り狂うのだろうな、と思うと少し背筋が寒くなる。
「どうかした?」
「いいえ、何でもありません」
ココの膝の上。
これから小松の食事タイムなのだった。
回復した小松は旺盛に働いた。
動けるのは良い事だ。
早朝に起き出すのも苦ではない。
朝はココと共に起き礼拝堂で祈りを捧げる。
ココが散歩に出ている間に小松は朝食を準備する。
人目をはばかる必要が無くなった為、今まで手伝えなかった掃除や洗濯もココと手分けして行った。
しなくて良いとも言われたが、小松はむしろ頼み込んでそういった事をさせてもらっている。
それを終えれば小松は買い物に行って昼食と弁当を作る。
昼食はココが先に取り、次に小松がとる。
小松がベッドで休んでいる間はココは村人の懺悔を聞いたり出かけたりしているようだが、夕方には戻ってくる。
復活した小松がココに夕飯がわりの弁当を渡し、宿屋へ行く。
吸血鬼になっても味覚が変わらなかったのは小松も喜ぶべきことだ。
以前と変わらぬ食事を提供する事が出来た。
仕事から戻ってココに問題なく過ごせた事を報告がてらお茶を飲むと言うのが日課だった。
助祭でありながらその仕事は日曜のミサの時のココのサポートのみ。
だがココは基本的に何でも自分でしてしまうので、以前の司祭のように立ち上がったり座ったりする時に椅子を引く必要はないし、当然杖代わりに手を添える必要もない。
目の見えにくい司祭の為に老眼鏡をかけてやる事も聖書の朗読に合わせてページを繰る事もない。
せいぜいパンを焼いたりワインを準備したり、必要な時に聖歌の音楽の入ったテープを流すくらいだ。
オルガンがない教会も小さな村には珍しくないのだ。
まぁ例えあったとて小松には弾けないが。
一つだけ、以前にはなかった助祭の仕事があるにはある。
ミサの途中で倒れてしまった女性の介抱だ。
出来ればミサを中断したくない、と倒れた者の介抱は小松が請け負う事になった。
倒れてもココに構って貰えない事が分かっているだろうに、未だ倒れる女性はいた。
流石に完全に意識を失う事はなくなったが、立ちあがれなくなってしまうくらいメロメロになるのだ。
それ程にココは特別なのだ。
美人は三日で飽きると言うが、またといない美形は例外らしい。
自分の食事だって小松は未だ最初は緊張する。
摂取を始めると吸血鬼としての本能の方が勝ってしまうためか、途中の記憶は曖昧だ。
気付くと腰が抜けているという現状が情けない。
ココに説明を受けたが、実は吸血鬼としての本能云々ではなくただ単にココが物凄くキスが上手いだけだったりして…なんて思って小松は一人頬を赤らめたものだ。
ミサを終えれば、小一時間程憩いの時間が待っている。
普段話す機会のない村人同士も話せるように、と礼拝堂横のテーブルにお茶と簡単なお菓子が準備される。
普段酒場では作らない種類の、女性受け、子供受けしそうなものを作るのに苦心するのも、小松の楽しみである。
小松の手作りのお菓子は概ね好評だった。
ココがその場に姿をあらわすことは殆どないが、それでも女性の姿は多い。
大抵小松が菓子を盆に乗せて現れると、ココの事を聞きたい女性と菓子目当ての子供に取り囲まれる。
介抱が必要な女性がいればそれを理由に逃げられるのだが、生憎今日はそうもいかないようだ。
お菓子を持っていけば、あっという間に女性に取り囲まれた。
「ねぇ、司祭様って結婚出来ないって言うけど、付き合うのも無理なのかな?!」
「えっ?」
唐突な質問に戸惑ってしまう。
婚姻は出来ないとはココ自身も言っていたが、付き合う云々の話は聞いたことがない。
というか、ココと小松の間で話題にされた事がないというのが正しい。
「あっズルい、それ私も聞きたい!」
「私も」
言い募る女性は一人二人ではない。
「えと、詳しく聞いたことはないですけど、多分駄目だと思います」
そしてココさんは興味ないと思います、とは心の中でだけ付け足しておく。
実際には知らないのだが、ココ自身が女性に人気がある事自体を厭っている節がある。
下手な期待を持たせるよりそう答えていた方がココにとっても良いだろう。
「けど妻帯者の司祭もいるじゃない?」
「それは神籍に入る前から妻帯者だった場合に限られるんだったかと…」
懸命に知識を掘り起こして答える。
「じゃあじゃあ一度神籍から外れて結婚してからまた司祭様になるって言うのはどうかしら?!」
「ええっ?」
そこまでは考えてなかった。
というか一度神籍から外れたものが再び神籍に入る事などあり得るのだろうか?
「アンタじゃ司祭様に釣り合わないわよ」
「なんですって!?」
「貴方だって相応しくないわよね」
「ちょっと!」
「喧嘩かい?」
一触即発の雰囲気を打ち壊した声。
「キャアアア!司祭様っ!」
ギスギスしそうだった雰囲気が一気に華やかなものになった。
小松はあっと言う間に置いていかれ、ココの周りに人が集まる。
「違うんですのよ、司祭様!」
「私達は少し議論を交わしていただけでっ!」
「そうです!少し白熱してしまっただけなんですっ!」
あんな風な喋り方で議論とは恐れ入る。
当然ココの耳には会話は聞こえていたが、そこまで取り合うつもりはない。
ココの目的は別にあるのだから。
「そう?なら良かった。せっかく集まってくれた皆の仲が悪くなるのは心苦しいからね」
心配そうな顔から一転、ホッとして微笑む。
ボッ!
周りにいた女性の頬が一様に赤く染まった。
その優しげな表情に誰もが心を蕩かせた。
そんな中で小松はやっぱりココは司祭なんだなぁと思いながらテーブルにお菓子を置きながら眺めていた。
「あ、小松くん。少し話があるんだけど良いかい?」
「はい」
まだ惚けている女性を尻目に控え室に入る。
「それでは、あなた方もゆっくりしていって下さい。お喋りし過ぎてお仕事を忘れないようにだけは気を付けて下さいね」
「はぁい」
僅かに振り返って伝えたココに、ハートを飛ばしまくった女性達の返事。
言う人間が変われば嫌みになりそうな言葉も、悪く思う人間はいなかった。
あまりに小松が困っていると、ココが助けに来てくれる。
もしかしたら司祭様に会えるかも?!そんなたまのサプライズに日々ミサの後に残る女性が増え続けているのは、二人の知る由もない事だった。
「…ふぅっ」
扉を閉めたココはため息を吐く。
「助かりましたココさん」
「いいや。それにしてもすごいな、彼女達は」
呆れ顔で答える。
「それだけココさんが人気あるって事ですよ」
「そんなのはいらないんだけどね…」
恋愛に現つを抜かすくらいなら信心を強くして欲しいとの神父としてのセリフだろうか?と一瞬考えたがすぐ頭の中で否定する。
「田舎に来れば目立たず地味に生きれると思ったんだけど…」
そのセリフにやはり、と小松は苦笑した。
まだ若いだろうに随分枯れたセリフだ。
だがそんなのはココがココである限り無理な話だろう。
容姿は勿論だが性格も優しい。
本人の自覚があるかどうかは怪しいが。
「ココさんって神父様らしいのからしくないのか分からないですねぇ」
「えっ?そう…?」
他意はないのだろうが小松の一言に冷や汗が出る。
ココはハンターだ。
言わば神父とは真逆とも言える殺生を生業とする職業だ。
神父らしくない=ハンターと言う訳ではなかろうが、それでも小松の一言にはドキッとさせられる。
「小松君こそ鋭いのか鈍いのか分からない時があるよ」
「ええっ?本当ですか?料理以外で鋭いなんて初めて言われたなぁ…あ、もしかしてやっぱり料理の方…?」
うんうんと首をひねる小松はやはり方向性を間違っている。
早くも前言撤回したくなるココだった。